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静岡地方裁判所浜松支部 昭和47年(ヨ)107号 決定 1973年1月06日

申請人 川井 佼 ほか二名

被申請人 国

訴訟代理人 篠原一幸 ほか一一名

主文

被申請人は申請人らに対し、昭和四七年一一月一日浜松郵便局長稲生藤吉が全日本郵政労働組合浜松地方支部長宮崎文雄との間で締結した「時間外労働及び休日労働に関する協定」に基づく時間外労働を命じてはならない。

申請人らのその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請人らの申請の趣旨および理由

別紙「仮処分申請書」「準備書面(一)」「同(二)」「同(三)」各記載のとおり。

第二被申請人の答弁

別紙「答弁書」「準備書面」各記載のとおり。

第三疎明関係<省略>

第四、当裁判所の判断

一、被保全権利の存否および本件申請手続の適否について

(一)  申請の趣旨第一項の「時間外労働及び休日労働に関する協定」(以下「本件協定」という。)の効力の仮の停止を求める仮処分申請について、申請人らは右仮処分申請の被保全権利は本件協定無効確認請求権であり、その本案は本件協定の無効確認請求訴訟である旨主張しているが、およそ確認訴訟において確認の対象となる権利又は法律関係は現に存在するものに限られ、過去の権利又は法律関係はその対象となり得ないものと解すべきところ、本件協定は昭和四七年一一月一日に締結されたもの(この点当事者間に争いがない。)であるから、本件協定の無効確認を求めることは過去の法的行為を対象とするものとして不適法といわなければならない。もつとも右本案を、過去における本件協定の無効確認としてでなく無効な本件協定に基づく現在の権利義務関係の不存在確認と理解するにしても、本件協定は労働基準法(以下「労基法」という。)三六条に基づくいわゆる三六協定に該当するから右協定が少くとも使用者に対し同法三二条、三五条および四〇条違反を理由とする同法一一九条一号或は三号の刑事責任を問わないとの刑事免貴の効力を有することは疑いを容れないが、さらに進んで右協定自体から使用者と個々の労働組合員ないし労働者との間に時間外労働に関し直接的具体的な権利義務関係を発生させる効力を有するものとは解せられないので、協定締結当事者ではなく、組合員ないし労働者の立場にあることがその主張自体から明らかである申請人らにとつて、右本案は現在の特定の権利又は法律関係の存否に関するものとはいえず、したがつて申請人らは権利保護の利益を有しないから、訴は不適法といわなければならない。

以上のとおり本案をどのように考えるにしても、本件協定の効力の仮の停止を求める申請部分は、被保全権利の存在が疎明されないことに帰し、かつ、保証をもつて疎明に代えさせることも不相当であるから、結局この部分は保全の要件を欠くものとして排斥を免れない。

(二)  申請の趣旨第二項の本件協定に基づく時間外労働を命じてはならない、との仮処分申請について

いわゆる三六協定がそれ自体で使用者と組合員ないし労働者との間に時間外労働等に関し直接的具体的な権利義務を発生させるものでないことはすでに述べたとおりである。

ところで、労働者の時間外労働の法的義務の成立根拠いかんの問題にかんしては、使用者側からの申込に対し、その都度の個々の労働者の自由な意思により個別的な合意を必要とするという見解があり、それは八時間労働制を中心とする労働時間の制限が労基法の保証する労働者の基本的権利であることに鑑みれば相当の合理的根拠をもつ見解といえよう。しかし三六協定にもとづいて使用者が労働者に対し発する時間外労働命令は使用者とその労働者の所属する労働組合との間に超過労働義務に関する協約が締結されているか、或は就業規則が存し、更にあらためて三六協定が締結された場合になされるものである限り、その労働者を拘束し、時間外労働をなすべき義務を発生せしめるとの見解も一方において有力であつて、現に申請人らの使用者である被申請人においてかかる見解のもとに時間外労働命令を発していることが、その主張ならびに疎明から明らかな以上、その根拠となる三六協定が有効な場合の時間外労働命令の効力については、上記いずれの見解をとるかによつて結論を異にするが、右三六協定が無効であるときは、いずれの見解をとるにせよ労働者は時間外労働命令にもとづく義務の不存在を主張して既に発せられて現に存在する時間外労働命令の効力を争うことができるだけでなく、将来発せられる虞れのある時間外労働命令を予防するため、使用者に対し不作為を求める一種の妨害予防請求権を有するというべきである。

本件において、申請人らが浜松郵便局に勤務する郵政省職員であつて、全逓信労働組合(以下「全逓」という)に所属することは、当事者間に争がなく、疎明によれば、郵政省と全逓との間にはやむを得ない事由のある場合には、職員に時間外労働または休日労働をさせることができる旨の協約が存し、右協約の運用については、各事業場ごとに協議し、労基法三二条、四〇条、三五条の定めをこえる部分については、同法三六条の協定を同法の規定に従い締結する旨の合意が存することが認められるから、申請人らは三六協定の無効を理由として、申請人らに対し発せられる時間外労働命令の効力を争い、前記請求権を行使することができるというべきである。

被申請人は、申請の時間外労働命令は、行政事件訴訟法四四条にいう「行政庁の処分、その他公権力の行使にあたる行為」に該当するから、その効力等についての争いに関しては民事訴訟法上の手続により得ない旨主張するので、次にこの点について検討する。

申請人らはいずれも浜松郵便局に勤務する郵政省職員たる国家公務員であつて国家公務員法の適用を受ける者であるとともに、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)の適用をも受けることは明らかである(以下このような者を「現業国家公務員」という。)

ところで、公労法二条一項二号イに規定する郵便等の事業は国民に対する公権力の行使をともなうものではなく、あまねく国民に対し郵便等の経済的役務利便を提供することを目的とするものであつて、ここに勤務する現業国家公務員は公権力の行使とは関係なく経済活動に従事することを職務内容としているものであるから、国と現業国家公務員との間の労働関係は私企業におけるそれと同じく対等当事者間の契約関係とみるのが相当である。

そして現業国家公務員も公務員であるがゆえ「全体の奉仕者」として勤務することを要求されていることから、その勤務関係において国家公務員法等の適用を受ける部面のあることは否定し得ないが、公労法によれば四〇条において現業国家公務員に対する労基法の適用が規定され、さらに八条において、賃金、労働時間等の労働条件に関する事項については団体交渉の対象として労働協約を締結することもできるとされるなど実定法の規定のうえでも私企業における労働契約関係との同質性が認められていることを知ることができる。

加うるに特に本件の時間外労働命令が八時間労働制週休制の原則の変更を労使当事者間の私的自治に委ねた労基法三六条による協定を端緒として発せられていることにかんがみれば、右命令が行政庁の処分に該当するものとは到底解されず、右命令に関する争いである本件は民事訴訟法の手続によつて審理され得べきものと解するのが相当である。従つて本件の時間外労働命令の禁止を求める仮処分申請は適法であるから、以下申請人らの被保全権利および保全の必要性について判断する。

二、本件協定の効力について

(一)  昭和四七年一一月一日午後五時五二分ころ、浜松郵便局長と全日本郵政労働組合浜松地方支部長宮崎文雄との間で本件協定が締結されたことは当事者間に争いがない。

1 三六協定の締結当事者、すなわち労基法三六条に規定する「労働者の過半数で組織する労働組合」の「労働者」の範囲については解釈の岐れるところであつて、本件における当事者双方の主張も異つてはいるが、そのいずれを採るにしても浜松郵便局にあつては実質的には同郵便局における総職員数計四五八名から公労法四条二項に基づく公労委告示一号の四に定める者の合計二五名を差引いた計四三三名の過半数(以下「相対過半数」という)である二一七名以上の組合員を擁する労働組合が三六協定締結の直接の当事者となる資格を有するものとして扱われること(右の相対過半数を占める労働組合が労基法三六条本文前段の「労働者の過半数で組織する労働組合」として当事者となるのか右組合の代表者が同条本文後段の「労働者の過半数を代表する者」として当事者となるのかはさて措き)は従来から同郵便局において労使間の慣行として認められて来たところであり、したがつて同郵便局長が相対過半数にも達しない組合との間で三六協定を締結したことはいまだかつてなかつたこと、そして同郵便局長は全日本郵政労働組合浜松地方支部(以下「全郵政支部」という)が同郵便局における相対過半数を有する組合であり、したがつて慣行上の協定締結資格があるものと認めて本件協定を締結したこと、以上の点は当事者間に争いがない。

従つて本件協定の効力を判断するにあたつてはその一方の当事者となつた全郵政支部の前記慣行上の協定締結資格の有無、すなわち同支部が浜松郵便局における相対過半数の組合員を有していたか否かについて検討すれば足りる。

2 次に本件協定締結に至るまでの経過につき、当事者間に争いのない事実は、(1) のとおりであり、当裁判所が当事者双方の主張の全趣旨により当事者間に争いないものと認定した事実は(2) のとおりである。

(1)  昭和四六年に締結された三六協定は昭和四七年一〇月三一日でもつて有効期間が終了するため、浜松郵便局長は新たな三六協定の締結を考えていたが、かねて同郵便局においては全郵政支部と全逓信労働組合浜松支部(以下「全逓支部」という。)の両組合が併存してその勢力関係が伯仲し、いずれの組合が相対過半数の組合員を有するかは容易には確定し得ない状況であつたところ、同年一〇月三〇日にまず全逓支部から同局長に対し、相対過半数を占めるので三六協定の締結にあたつては当事者組合の選択を慎重にされたい旨の申入れがあり、次いで翌三一日には全郵政支部からも協定を締結したいとして団体交渉の申入れがあつたため、同局長は各組合側と個別に窓口接衝を重ねたうえ、同日午後二時五〇分ころから局舎会議室において同局長と両組合代表の各支部長らとの間(以下、局側および両組合をまとめて指称する場合「三者」という。)で、いずれの組合が相対過半数を占めるかを確定するため所属組合員数の確認手続に入り、両組合から各所属組合員の氏名が読み上げられた結果、その時点では全郵政支部側が二三四名、全逓支部側が二一七名とされ、ほかに組合未加入者が三名であること、そして組合員のうち二一名が両組合に重複して加入していることが判明した。そこでこの重複者の所属組合を確定するための方法として、局長は「本人の自由な意思が表明できるよう昨年の例により三者立会いの場で投票用紙を渡し、別室で本人の意思を記入し、この場に備え付けの投票箱に入れさせる方法によりたい」と発言し、この方法は両組合とも了解済みであるとして、直ちにその実施に入ろうとしたが、全逓支部側は右発言内容が窓口接衝の段階で局側との間で予め取り決められていた確認方法と異るとして抗議し、前記投票の実施に協力することを拒否したため結局二一名の重複者については所属組合の確認作業が全く行なわれないまま確認手続は中断された。

(2)  確認手続の中断後、全逓支部は所属組合員の確認方法につき約束違反ありとして抗議のため、同日夕刻同局長に対し抗議文に全逓への組合加入申込書一七通を添付して提出したので、同局長は重複者については前記のような投票による個別意思確認の方法を用いることを断念し、そのかわりに書類資料の突き合わせの方法によることにし、二一名の重複者のうち右組合加入申込書に氏名の記載された一六名(抗議文に添付された右申込書は計一七通であつたが、うち一通は重複者以外の氏名が記載されていたため。)については全逓支部所属の組合員と認め、次いでその後全郵政支部から局長に対して提出された三六協定締結の団交申入書に添付してあつた全郵政への加入申込書五通により、前記重複者のうち五名を全郵政支部所属の組合員と認めた。そして、右一六名と五名との間には重複する者がなかつたので、局長はこの時点で、全郵政支部所属組合員数二一八名、全逓支部同二一二名、未加入者三名と判断し協定締結手続を進めようとしたが、全逓支部と連絡がとれなかつたため同日中に協定を締結することは断念した。翌一一月一日午前中に至るも依然全逓支部側と話し合いが出来ないままであつたが、同日午後四時三〇分過ぎころまでの間に、局長は全逓支部に対し「全逓支部提出の抗議文添付の加入届と全郵政支部提出の同様資料により全郵政支部が過半数を占めていると認められるので全郵政支部側に締結資格があると認める」と通告すると共に、その後もさらに同支部に対し「資料があるならば提示するよう」促がしたが、同支部側は「利用されるから見せるわけにはいかない」旨答え、資料の提出を拒否した。

その後間もない午後四時四五分ころ、局長は全郵政支部に対し、同支部と三六協定を締結する旨の通告をし、同五時五二分ころ局長は全郵政支部長宮崎文雄との間で本件協定を締結した。

3 ところで、本件両組合の所属組合員数はいわば時々刻々にも変動する可能性があるのであるから、本件協定につき当事者となつた全郵政支部が労働者の相対過半数を占め、協定締結の資格を有していたか否かを判定するにあたつては、その前提としていつの時点を基準としてその資格を確定すべきかが問題とされなければならない。すなわち協定締結の当事者につき、たとえば締結時を基準時とし、その時点において資格要件を具えていなければならないとするか、或はまた使用者側が一定の時点を基準時として設定することができものとし、その時点で相手方当事者が資格要件を満しているか否かを判定すれば、その後協定締結までの間に生ずる組合員数の変動は締結される協定の効力に影響を及ぼさないとしてよいかなど、基準時の取り方のいかんによつては、組合員数が変動し、これによつて組合の協定締結資格、ひいては締結された協定の効力にも影響を与えることになるので、この点について検討しなければならないが、一般的に言えば、労基法三六条は、当事者資格の確定の基準時期方法について何らの規定をも設けていないから、その確定は通常の法律解釈に従い、原則として協定締結時を基準とすべきものと解する。もつとも、関係当事者(本件にあつては三者)が確定の基準時について別段の合意をした場合、または合意に至らなくても組合側(本件にあつては前記両組合)が使用者側の基準時の通告に異議を述べることなく、積極的に確定のための手続に参加する如き場合には、基準時と締結時との間に極端に長い時間的な間隔があるため、労働者の意思にそごを来たし、その意思を正確に反映できない著しい危険がない限り、例外的に締結時以外の右の基準時によつて協定締結の当事者資格を確定することもでき、この場合には基準時後締結までの間の組合員数の変動によつて協定の効力は左右されないというべきである。

ところで本件においては、協定締結に至る過程において締結時と別個の基準時を設けることについての三者問の合意が存在したこと、或は局側の基準時設定に対する組合側の明示ないし黙示の了解が存在したことのいずれもこれを認めるに足りる疎明はない。

ただし、本件では、先にみたように、昭和四七年一〇月三一日午後二時五〇分ころから三者の立会いで、全郵政支部および全逓支部の各所属組合員数の確認手続に入り、右手続によつて相対過半数の組合員を有する組合が確定されれば、その後これに近接した時点で三六協定締結の手続を行うことも予定されていたところ、名簿の突き合せによつて二一名の重複者が判明し、それら重複者の所属組合の確認方法をめぐつて紛糾したため確認手続は中断され、ついに打切りの事態に立ちいつたものであつて、このような事実からすれば、手続の紛糾以前の名簿突き合せを終つた段階にあつては三者間において、二一名の重複者の所属確認手続が円滑に完了したときには(反面からいえば、その中途打切りの事態発生を解除条件として)、右完了の時点をもつて基準時とすること、すなわち振り分けられた重複者二一名はもとより、所属組合が判明していた他の組合員ならびに未加入者についてもその時点で所属関係が確定したものとし、もはやそれ以後の所属の変更は一切認めない旨の合意が暗黙に成立していたものと考えられるが、右合意はその後確認手続が中断し、ついに打切りの事態となつたのにともない失効するに至つたものと認めるのが相当である。

そうだとすれば、組合側の協定締結資格は、本件協定の締結時、すなわち一一月一日午後五時五二分ころの時点における所属組合員数を基準として決定されるべきものと思料するほかはない。

(二)  そこで、次に本件協定締結時における両組合の所属組合員数について検討する。

申請人らは、重複者二一名のうちで浜松郵便局長が団交申入書によつて全郵政支部所属と認定した五名のうち、神谷弘、河合秀夫および久保下和義の三名については、本件協定締結時までに全郵政への加入および全逓からの脱退の各意思表示をいずれも撤回し、右加入の撤回の意思は既に全郵政支部に到達しており、また前記確認手続における突き合わせの段階で全郵政支部所属と判明していた池谷了乙については、一〇月三一日午後六時ころすでに同人が全郵政脱退および全逓加入の意思を有し、全郵政脱退の意思表示は一一月一日午前中に同支部へ到達しているので、本件協定締結時には右四名は全郵政支部の所属組合員ではなかつた旨主張するのに対し、被申請人は前記確認手続における突き合わせの際に全逓支部所属とされていた八木登は実際には本件協定締結時は全郵政支部所属であつたと主張する。以下、これらの組合員の所属について順次検討することとするが、本件協定締結時において、局長が確認した員数の構成は、前記のように全郵政支部所属が二一八名、全逓支部所属が二一二名、そして未加入者が三名であつたのであるから、たとえ被申請人の前記主張にかかる八木登が全郵政支部所属であつたと認定されたとしても、申請人らの前記主張の神谷弘ら四名のうち、少くとも三名につき全郵政支部への所属が否定されれば、本件協定締結時における全郵政支部所属の組合員数は二一七名の相対過半数を割つていたこととなり、同支部の協定締結資格に影響を来たす結果となるので、右神谷弘ら四名の所属につき、まず判断を加える。

1 池谷了乙の件

<証拠省略>によると、全逓静岡地区本部執行委員山本正人は全通支部執行委員井島正哲とともに、昭和四七年一〇月三〇日午前七時四〇分ころ、職場リーダー講習会に参加するため清水市内のユースホステルに赴く池谷了乙と同じ列車に乗り込み、車中同人に対し全郵政支部からの脱退と全逓支部への加入を勧めたところ、清水駅に到着した際、右池谷は全郵政脱退届および全逓加入申込書にそれぞれ署名押印し、日付欄を空白にしたまま前記山本に手渡したが、その際右各意思を公然化することはしばらく待つてもらいたい旨付け加えたこと、さらに翌三一日午後六時ころになつて、清水市にいる池谷から山本に対し、公然化してもかまわない旨を電話で伝えたこと、さらに<証拠省略>によると、右全郵政脱退届は日付欄を一〇月三一日付にして同日午後六時三〇分ころ、全郵政支部長宮崎文雄宛に郵送されたことがそれぞれ認められる。反対疎明のうち、<証拠省略>は、いずれも全郵政支部役員らが事後に聞き知つた事を記載した間接的資料であつて、池谷了乙本人の自署によると認められる陳述書(前出の<証拠省略>に照し信憑性が弱く、<証拠省略>もいまだ前記認定を覆えすに足りない。そうすると、池谷了乙の全郵政脱退の意思表示は、遅くとも発信の翌日の一一月一日午前中には同支部長宮崎文雄に到達したものと考えられるので、本件協定締結時においては、右池谷は全郵政支部所属の組合員ではなかつたと認むべきである。

2 神谷弘の件

<証拠省略>によれば、神谷弘は昭和四七年一〇月一日当時は全逓支部所属の組合員であつたところ、同月初旬ころ全郵政支部長宮崎文雄宛に、日付を空白にした全逓脱退届を、次いで同月二九日に同人宛に全逓脱退届および全郵政加入申込書をそれぞれ作成交付したが、その後考えを変え同月三〇日に全逓支部特殊小包分会長河島清に対し、前記全逓脱退および全郵政加入の意思表示を撤回する旨の意思表示をなすとともに撤回届を作成し、この時点では全逓支部所属の意思を有していたことがそれぞれ認められる。そして<証拠省略>によれば、右撤回届は全逓からの脱退届の撤回と自己が全逓組合員であることの通告のみの記載であつて、全郵政加入の意思の撤回については明記されていないことが認められるが、その名宛人が全郵政支部長であつて、自己が全逓組合員である旨の通告がなされていることは全郵政加入の意思の撤回の意思をも含むものと解1するのが相当であるが、右撤回届が全郵政支部へ到達したと認めるに足りる疎明はない。そうすると前出の<証拠省略>の「一〇月三一日午後六時ころ自宅で全郵政執行委員石塚晋他二名に対し、全郵政加入を撤回するとの意思表示をした。」との記載内容の真実性が問題となる。この点については前出の<証拠省略>によつても、同日神谷の自宅へ右石塚他二名が赴いていることは認められ、同疎明によるも、全郵政加入の撤回や全逓加入の意思表明はなかつたというのみであつて、前記記載内容を否定するには不十分であるだけでなく、かえつて当時両組合の勢力は伯仲していてわずか一名の組合員の所属についても重大な関心事であるのに、前出の<証拠省略>に記載されている如く一〇月三一日夕方全郵政支部執行委員石塚晋らがわざわざ神谷宅を訪ねながら「私達は君が全郵政の組合員であると思つている。……将来は君の判断にまかせる。」と言つただけで、強いて勧誘を行なわず、その意思も確認しないで帰宅したというのは不可解であつて、前出の<証拠省略>に記載されているように、一〇月三一日夕方、神谷が石塚らに対し全郵政加入の撤回の意思表示をしたことは充分肯認できるところである。そして、他に反対の疎明はない。

ところで労働組合への加入は、組合の規約に従つて加入の申込をなし、組合がこれを承認することによつて効力を生じ、労働組合からの脱退は原則として脱退の意思表示が組合に到達することによつて効力を生ずるから、加入が承諾された後において加入の撤回はあり得ないし、脱退の意思表示が到達した後においては脱退の撤回もあり得ない。しかし加入承認後の新所属組合に対する加入の撤回、旧所属組合に対する脱退の撤回は、特別の事情の存しない限り、新所属組合からの脱退と旧所属組合への再加入申込としての効力を認むべきところ、疎明によつても右認定を妨げる特別の事情は存せず、かえつて両組合とも従来かかる意思表示を有効なものとして取扱つてきたことが明らかである。

そうすると神谷弘は一〇月三一日夕方以後は全逓のみへの加入であるということができ、それ以後本件協定締結時に至るまでの間に、全郵政へ加入したと認めるに足りる疎明はないから、本件協定締結時は同人は全郵政支部所属の組合員ではなかつたと解せられる。

3 河合秀夫の件

<証拠省略>によると、河合秀夫は一〇月一日当時全逓組合員であつたところ、同月八日ころ全逓からの脱退と全郵政への加入を決意し日付を記入しないまま右脱退届と加入届を全郵政支部長宮崎文雄に交付したが、その後、右全逓脱退と全郵政加入の意思をいずれも撤回し、同月三一日朝全逓副支部長小池教一に対し右撤回届を手渡したことが認められる。右撤回届が全郵政支部に到達したと認めるに足りる疎明はないが、前出の<証拠省略>によれば、河合は、一〇月一九日午後〇時ころ、全郵政支部組合事務室において、全郵政副支部長池谷義正に対し、全逓脱退および全郵政加入の意思をいずれも撤回する旨通告したというのであつて右疎明と河合自身の作成にかかり、さらに同人の署名押印のある撤回届の記載を総合すると、右のように河合が池谷に対し全郵政加入の撤回を通告したことは充分認め得るところであつて、<証拠省略>によるも右認定を左右するには足らず、かえつて右各乙号証によると、当時河合が池谷と面談中、全郵政支部長宮崎文雄が全郵政東海地方本部執行委員長河村某を伴つて同室へ入つて来た際、右宮崎が河合に右河村との握手を勧めたところ河合は退席しようとした、というのであるから、その状況からしても河合の前記陳述を補強するものと解される他に反対の疎明は全くない。

そして右全郵政加入の撤回が、全郵政加入承認後になされたものであつても、全郵政よりの脱退の意思表示として効力を認むべきことは2神谷弘に関して判示したとおりである。

そうすると河合は一〇月一九日に、全郵政支部から脱退したことになり、この時点以後本件協定締結時に至るまでの間に、同人が全郵政へ再度加入をしたと認めるに足りる疎明はなく、従つて本件協定締結時は全郵政支部所属の組合員であつたとはいえない。

4 久保下和義の件

<証拠省略>によると、久保下和義は昭和四七年一〇月一日当日は全逓支部所属の組合員であつたところ、同月二七日ころ自宅で全郵政支部長宮崎文雄らに対し、全郵政への加入の意思表示をするとともに、日付欄を空白にした全郵政加入申込書と全逓脱退届を作成したこと、しかし同月三〇日には右全郵政加入および全逓脱退の撤回を内容とする撤回届を作成し、全逓支部執行委員木下益殖に手渡したこと、がそれぞれ認められる。前出の<証拠省略>によると、久保下は一一月一日午前九時過ぎころ、浜松郵便局二階郵便事務室前廊下において、全郵政支部郵便分会長平川学に対し、口頭で全郵政加入撤回の意思表示をしたというのに対し、<証拠省略>によると、右平川はその場においては久保下争奪のため双方の組合員が入り乱れ、そのうちに傷害事件が発生したため、久保下から前記のような全郵政加入撤回の意思表示を受ける余裕がなかつた旨、そして<証拠省略>にも、久保下が郵便事務室から出て来るや、全逓支部所属組合員が同人および前記平川を取り囲んだ旨の各記載がある。しかし<証拠省略>によると、前記木下が郵便事務室から出て来た久保下を連れて行こうとしたら平川が来て「久保下君に話しがしたい。」と言い、久保下も「平川さんと一回話がしたい。」と言つて久保下と平川は便所入口付近で二人で話し合う格好になつたというのであり、<証拠省略>によれば、榎本は二階東側便所付近で全郵政支部所属組合員と全逓支部所属組合員が言い争いをしているのを目撃し、便所入口付近では久保下と平川が話し合つているのも見えたので事情を察知して全郵政支部所属の組合員に抗議をしたというのである。また、<証拠省略>も久保下と平川が話しをしているのを目撃している点で右両疎明に添うものである。そして、<証拠省略>は、傷害事件の参考人として警察の取調べを受けた際の供述内容を記憶に基づいて取調べの当日に作成したものであるから、その内容は特に真実性の高いものといえよう。以上の疎明を総合すると、一一月一日午前九時過ぎころ、久保下は平川に対し全郵政加入撤回の意思表示をしたものと認むべきである。前記<証拠省略>のうち右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる疎明はなく、右郵政加入の撒回が全郵政加入承認後になされたものであつても、全郵政よりの脱退の意思表示として効力を認むべきことは、2神谷弘に関して判示したとおりである。そして、その後本件協定締結に至るまでの間に、久保下の全郵政への加入を認めるに足る疎明はなく、従つて本件協定締結時には久保下は全郵政支部所属の組合員であつたとはいえない。

(三)  右のとおり、局側が本件協定締結に際し、全郵政支部所属の組合員と認めた者のうち四名について、当時同支部に所属していた事実が認められない以上、前記八木登の所属組合について判断するまでもなく本件協定締結時の全郵政支部所属の組合員数は相対過半数に達していなかつたことになり、したがつて本件協定は使用者である局側が締結資格を有しない組合を相手方当事者として締結したことになるから無効であるといわざるを得ない。

三、保全の必要性について

浜松郵便局長が本件協定締結後、その有効を前提として、所属の職員に対し、業務遂行の必要に応じ時間外労働命令を発しつつある事実は被申請人の認めて争わないところである。そして疎乙第二一号証の郵政省就業規則によれば、三六協定が締結された場合は、職員に対し時間外労働命令を発し得ることが規定されており、さらに<証拠省略>によれば、局側は、三六協定が締結されているにもかかわらず時間外労働に応じない行為は義務違反であると同時に、上司の職務上の命令に対する違反となり、場合によつては懲戒処分の対象ともなるとの見解をとつていることが推認される。

右のような事情のもとでは、局長が将来所属職員である申請人らに対し時間外労働命令を発する事態は充分に予想されるところであり、その場合に申請人らにおいて懲戒処分を受けることを恐れるのあまり、労基法において違反する使用者に対し刑罰をもつて禁止することによつて保障をはかつているところの一日八時間以上労働を強制されないという労働者の基本的権利を、その意思に反して奪われる危険性が存在することを充分窺い知ることができるので、本件仮処分の必要牲があると認めなければならない。

四、結論

そこで、本件においては、申請人らの権利を保全するに必要な限度で、申請人らに保証を立てさせることなく、主文掲記の仮処分を命ずるのを相当と認めるので、申請人らの本件仮処分申請は右の範囲で認容し、その余を却下することとする。

よつて申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 土屋連秀 竹田稔 湖海信成)

仮処分申請書

申請の趣旨

一、昭和四七年一一月一日浜松郵便局長稲生藤吉が全日本郵政労働組合浜松地方支部との間に締結した労働基準法三六条に基づく時間外労働協定の効力を仮に停止する。

二、本案判決の確定に至るまで、被申請人は申請人川井佼、同小池教一、同影山義憲に対して、右協定に基づく時間外労働を命じてはならない、

との仮処分命令を求める。

申請の理由

一、(一)申請人川井および同影山はいずれも浜松郵便局郵便課に、同小池は同郵便局第二集配課にそれぞれ勤務する郵政省職員である。

(二) 申請人等はいずれも全逓信労働組合(以下全逓という)の組合員であり、全逓浜松支部(以下全逓支部という)に所属するものである。

(三) 全逓は郵政省職員などの郵便事業関係労働者をもつて組織

する労働組合であり、全逓支部は浜松郵便局、浜松東郵便局および浜松市内の無集配郵便局に勤務する郵政省職員などをもつて組織する右全逓の下部組織たる労働組合である。

二、(一)浜松郵便局長稲生藤吉は、昭和四七年一一月一日午後五時ころ全日本郵政労働組合浜松地方支部(以下全郵政支部という)との間に、労働基準法三六条に基づく時間外労働協定を締結し、同協定は同月四日浜松労働基準監督署に届出られ、受理された。

(二) 右協定は昭和四七年一一月一日から翌四八年五月三一日までを有効期間とするものである。

(三) 浜松郵便局長は右協定締結後申請人等全逓の組合員に対して次々と時間外労働命令を発している。

(四) しかしながら申請人等をはじめとし、全逓の組合員は以下に述べる理由により右協定は無効であるので右命令を拒否している。

三、右協定は以下に述べるとおり無効である。

(一) 全郵政支部は右協定の締結時(昭和四七年一一月一日午後五時ころ)労働基準法三六条の定める協定締結の資格要件たる「労働者の過半数で組織する組合」ではなかつた。

(1)  昭却四七年一一月一日現在、浜松郵便局に勤務する職員は局長以下総員四五八名である。うち二五名は公共企業体等労働関係法四条二項に基づく公共企業体等労働委員会の告示によつて、労働組合に加入することのできないものであり、その内訳は、局長一名、次長一名、課長七名、副課長六名、課長代理七名、労務担当主事、人事担当主事、会計担当主事各一名である。

(2)  労働基準法三六条により時間外労働協定を締結すべき資格をもつ「労働者の過半数で組織する労働組合」の判定の基礎となる「労働者」の範囲については諸説があるが、最も狭く解して「労働者」の中には公労委の認定により組合員資格を有さない者を含まないとした場合には、同条のいう「労働者」の数は四三三名となるから、その過半数は二一七名である。「労働者」の範囲をより広く解する他の見解によればその数は当然二一七名以上となる。

(3)  ところが右協定締結時には全逓支部の組合員は四三三名中二一七名であつた。

昭和四七年一〇月一日現在の全逓支部の組織人員は一九四名であつた。同年一〇月一日より同月三一日までに新規加入した組合員は二五名、逆に脱退した者の数は五名であつたが、そのうち三名(久保下和義、河合秀夫、神谷弘)はその脱退を撤回する意思表示をしていた。よつて同年一一月一日現在では全逓支部の組合員は二一七名であるから、全郵政支部が「労働者」の過半数を組織していなかつたことは明白である。

(二) 浜松郵便局長および全郵政支部は同支部が協約締結時、「労働者」の過半数である二一七名を組織していなかつたことを知りながら右協定を締結した。

(1)  全郵政支部は昭和四六年二月二七日全逓支部から、全逓の運動方針は過激である等の理由を挙げて脱退した組合員等によつて結成されたものであるが、次第に郵政省の公然、非公然の保護育成策のもとにその勢力を増し、昭和四七年に入つてからは両組合の勢力はほぼ同じになつた。

(2)  全逓支部は一〇月三〇日午後、局側との交渉において、局側に対し、時間外労働協定が同月三一日に期間満了によつて失効するが、同支部が職員の過半数を制しているので同支部が協定締結の資格をもつ旨申入れた。

(3)  翌三一日午前、局側から同支部に対して、両組合それぞれの組合員数を確認したいとの申出があり、同支部がその確認方法として、局側および両組合三者協議の場で両組合員名簿をつきあわせること、両組合の名簿にともに掲載されているものについては、本人の投票によつてその意思を確認すること、いずれか一方の組合に対する加入届と他の組合に対する脱退届がいずれかの組合に提出されている場合は、加入組合のみの所属とすること等を提案したところ、局側もこれに同意し、全郵政支部に対しては局側から右確認方法を説明し了承を得ることに取決められた。

(4)  同日午後、局側からは局長、次長、庶務課長ら、両組合からはいずれも支部長ら三役が出席して組合員数の確認手続が開始され、まず両組合から組合員名簿が読みあげられた。両組合から提出された名簿上では、全逓二一七名、全郵政二三四名、未組織三名となつた。その結果二一名が両組合のいずれからも自己の組合員であると主張されていることが判明した。

(5) ところが局長は新規加入者の加入届等の資料の確認に入ろうとせず、全逓支部との間に取決められていた前記の確認方法を全く無視し、重復した二一名については呼びよせて一人一人意思表明させることによつて確認するとの意向を表明したため、全逓側は取決め違反であるとともに確認方法が適切ではないので退席し、確認手続は打切られた。

(6)  しかし全郵政支部が読みあげた二三四名の中には、全郵政脱退、全逓加入を書面で提出していた組合員が一八名、全逓脱退、全郵政加入を書面で撤回している組合員が三名(前記)いた。右の確認手続の席上、全逓支部はこれを全郵政支部に提示する考えでいたが、局側の一方的な取決め違反により、提示する機会を失つたものである。

(7)  しかし、全逓支部は右全郵政脱退、全逓加入届を同月三一日午後局側に提示するとともに、同脱退届を全郵政支部にも郵送した。遅くとも翌一一月一日午前中には送達されている。

(8)  三名の撤回届についても一一月一日二時過ぎ、局側に対しはつきりと「すでに提示してある資料の他にも他の者が組合員であることを証明する資料はある」と申し述べており、局側および全郵政支部には前後の事情からも他に資料のあつたことは知つていた。また右三名はそれぞれ全郵政支部に対し同支部への加入は撤回する旨はつきりと意思表示している。

(9)  局長と全郵政支部との間で協定が締結されたのは一一月一日午後五時ころであつた。

(三) 以上のように、局側も全郵政支部も、同支部が主張する二三四名の組合員のうち二一名については疑いがあり、そのうちほとんどについては全逓の組合員であることが明らかなことを知つており、過半数である二一七名にはどうしても達しないところから、両者通謀して前記全逓支部との取決めを無視し、一方的に協定を締結したものである。いずれにしても協定締結時においては全郵政浜松地方支部は「労働者」の過半数を組織し得ていないのであり、この協定は無効である。

四 しかるに、局長は右協定は有効であると主張し、全逓支部の組合員に対し次々と右協定に基づく時間外労働命令を発しており同支部の組合員に対して、これを拒否すると業務命令違反であるから懲戒処分に付するとして命令に応ずることを強制している。

五(一)全逓は郵政省との間に「時間外労働および休日労働に関する協約」を締結しているが、同協約によると郵政省は一定の事由がある場合は組合員に「時間外労働をさせることが出来る」(同協約二条)ものと定められている。

郵政省は同条の趣旨は組合員が時間外労働の義務を負うことを定めたものであるとし、組合員が時間外労働命令に従わない場合には命令違反として懲戒処分の理由になし得るとの見解をとつている。従つて局長が近日中に申請人等組合員の時間外労働拒否に対して懲戒処分の措置に及び可能性が強い。

(二) また労働基準法三六条に基づく協定は全職員につき免罰的効果を持つものとされているので、その利害は申請人等全逓組合員にも及ぶものである。

よつて申請人等はいずれも局長が全郵政支部との間に締結した労働基準法三六条に基づく時間外労働協定につき、その無効であることの確認を求める利益がある。

六、よつて申請人等は、いずれも右協定の無効確認を求める本訴を準備中であるが、本案判決の確定を待つていてはその間に時間外労働を拒否していることから命令違反を理由に苛酷な懲戒処分の発令されることが必至であり、この場合には懲戒処分を取消させるために多大の費用と長時間を要するうえ、懲戒処分自体、申請人等全逓組合員を脅し脱退させ、あるいは組合に不信を抱かせる不当な圧力となり、その中で組合活動をしなければならないなどの回復し難い損害が発生するおそれがあるので、申請の趣旨のとおりの仮処分命令を得たく、本申請に及んだ。

申請人準備書面(一)

第一、三六協定締結の相手方について

一、労働基準法(以下、労基法という。)三六条に基づく時間外労働協定(以下、三六協定という。)は、原則的に刑罰をもつて禁止されている時間外労働を例外的に許容するための条件である。従つて、同条の解釈にあたつては、厳格な態度がとられなければならないのは当然である。

二、労基法三六条は三六協定締結の相手方を「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその,労働組合」「労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者」と定めている。三六協定の趣旨からすれば、法の定める資格を備えないものと締結した三六協定は無効というほかはない。そして、締結の相手方が法の定める資格を有していたかは、もつぱら客観的事実によつて判断すべきであつて、締結資格があると判断するのが相当な事情があるものと締結したような場合であつても、その相手方が資格を備えていなかつたことが明らかになれば、三六協定は無効であるというべきである。

被申請人は本件三六協定締結の際の事情を詳細に主張するが、事情いかんにかかわらず締結の相手方たる全郵政浜松地方支部(以下全郵政支部という。)が法の定める資格を真実備えていたかが問題である。

三、(一) 法は、三六協定締結の相手方を第一次的には労働者の過半数を組織する労働組合であり、第二次的には、「労働者の過半数を代表する者」と定める。法がこのように協定締結の第一次的相手方を労働組合と定めたのは、労働組合は労働条件の維持・改善を目的とする自主的・民主的団結体であるから、労働組合が労働者の過半数を組織しているかぎりもつともよく労働者の意思を代表しうるものと考えて差支えないからにほかならない。

そうだとすると、締結資格のある労働組合が存在しないため「労働者の過半数を代表する者」が締結の相手方となる場合においては、労働者代表が労働者の意思を充分に代表していない場合のあることを想定しておく必要がある。

従つて、三六協定の締結の相手方が労働組合である場合と労働者代表である場合とでは労働者の立場においても監督機関の立場からみても明らかにその意味を異にするのだから、三六協定締結の相手方が労働組合であるか、労働者代表であるかの区別は重要である。そして、この区別は、三六協定および労働基準監督署への届出書面に表示された締結者の資格に基づいて決定するほかはない。

このように解さなければ、労働組合を第一次的締結権者とした法の趣旨は生かされない。

(二) 本件三六協定は、全郵政支部と締結したこと、即ち、労基法三六条の第一次締結権者たる「労働組合」と締結したことは協定書(乙第四号証)上明白である。浜松労働基準監督署への届出書面(様式九号書面、労基法施行規則一七条参照)上も「労働組合」と締結したことが明らかである。このことは、本件三六協定の効力が問題とされるようになつたあと、浜松郵便局から浜松労働基準監督署に対して提出した書面における締結者の表示を「職員代表」に改めない旨申出をして拒否された事実からも間違いないところといつてよい。

(三) 被申請人は、本件三六協定は「相対的過半数」を有する全郵政支部の組合員に公労委告示職員全員を加えた「絶対的過半数」を占める職員の代表者としての全郵政支部長と締結したものであると主張するが、「労働者代表」との締結であるのならば、その旨が協定書および監督署に対する届出書面に表示されていなければならない。また、被申請人は協定締結時に公労委告示職員二四名の委任を受けていたと主張するが、全員単に、全郵政支部長に対する委任の意思を有していたというにすぎず、(乙第二号証の一ないし二四)、実際に「労働者代表」に選任したものではない。さらに、「労働者代表」となるためには、過半数をこえる労働者によつて「労働者代表」と認められることが必要である(代表選任の手続がいかにあるべきかは一応措く)が、たとえ「労働組合の代表」であつても全郵政支部長がそのことから当然に支部組合員によつて「労働者代表」と認められるとは限らないのに、本件三六協定の締結にあたつては全郵政支部長が労働者の過半数によつて、「労働者代表」に選任されたと認むべき事実は全くない。

即ち、被申請人の「労働者代表」と締結したとの主張は実質的にも形式的にも全く事実に反するものであつて、「労働組合」との協定であることに疑問の余地はない。そして後述するとおり、締結時において全郵政支部は労働者の過半数を組織していなかつた。

四、労基法三六条にいう労働者の過半数を判定する基準としての労働者の範囲については諸説がある。被申請人は公労委告示職員も労働者の範囲に含めるべきであると主張するが、これをすべて含めない見解もある(労働法実務大系「労働時間・残業・交替制」蓼沼謙一)。いずれにせよ、本件の場合には、三六協定締結の相手方たる全郵政支部はその過半数を制していない。

第二、時間外労働命令の法的性質について

被申請人は、時間外労働命令は「行政庁の処分、その他公権力の行使にあたる行為」であると主張する。被申請人のかかる主張は公務員の勤務関係を公法上の特別権力関係であるとする見解を根拠とするものであることは明白であるが、公務員の勤務関係を特別権力関係と解すべき実定法上の根拠はないとするのが近時の学説、判例の大勢である。公務員の勤務関係は基本は労働契約関係であるが、その内容の大部分が国家公務員法、人事院規則によつて定められている関係というべきである。ことに、このうち現業公務員については、賃金、労働時間等勤務関係の基本をなす事項は、労働組合との団体交渉によつて決定され、国家公務員法等によつて規制されている範囲は任免・分限・懲戒・保障・服務等勤務関係の付随的部分にとどまつているから、その勤務関係を公法上の特別権力関係と解する余地はない。

被申請人の主張はとうてい採用することができない。

第三、本件三六協定締結時における全郵政支部の組合員数について

一、被申請人は本件三六協定締結時(一一月一日午後五時五〇分ごろ)における全郵政の組合員は二一八名、申請人支部二一二名、未加入者三名であつたと主張する。

そして、右各人数は、両支部の提出した組合員名簿では全郵政二三四名、全逓二一七名、未加入三名であり、このうち二一名が両支部の名簿上重複していたが、この二一名については、その後一六名が全逓に所属していることが提出された加入申込書によつて確認され、残りの五名については、全郵政に所属していることが提出された加入申込書によつて、確認されていることによつて判定したとする。

しかし、次に述べるとおり、右判定の基礎には一部誤りがあるし、締結時までにも増減生じている。

(一) 全郵政に加入申込書を提出したとする五名については、もともと全逓の組合員であつたものであり、本件三六協定締結時はもとより現在に至るまで全逓に対して脱退の意思表示をなした事実がない。従つて、この五名は全逓の組合員数に算入すべきである。

(二) また、右五名のうち三名(河合秀夫、久保下和義、神谷弘)はいつたん全郵政に対して加入申込書を提出したが、本件三六協定締結以前に全逓および全郵政の双方に対して全郵政への加入申込を撤回する意思表示し全逓に所属するものであることを明確にしている。従つて、この三名については全郵政の組合員数から滅ずべきである。

(三) 三者による名簿突き合せの際、両支部双方が全郵政組合員と認めたもののうち一名(池谷了乙)は、すでに同年一〇月三〇日に日付の記入されていない全逓に対する加入申込書と全郵政に対する脱退届を提出していた。しかし、同人がその公表をしばらく待つてほしいとの希望を表明していたので、右突き合せの際には、全逓に所属するものであることを主張しなかつたのであるが、右突き合せの後、同人から公表して差支えない旨の意思が表明されたので、全逓支部の支部長申請人川井は、全郵政への脱退届に日付を一〇月三一日と記入してこれを同日午後六時三〇分頃全郵政支部に郵送した。

右脱退届は一一月一月午前中に配達されたことは間違いないから、本件三六協定締結時には同人の全郵政に対する脱退の意思表示は全郵政支部に到達している。従つて、右一名は全郵政の組合負数から減ずべきである。

二、従つて、締結時における全郵政組合員数は、二一八名から、右(二)の三名(河合秀夫、久保下和義、神谷弘)および右(三)の一名(池谷了乙)を除いた二一四名である。即ち、全郵政支部は本件三六協定締結時には被申請人のいう相対的過半数さえ組織していたかつたのである。

第四、本件協定締結に至る経緯について(甲第二号証別紙(1) 参照)

一、局側は、組合員数の確認方法につき、全逓支部に対し同支部提案の方法(甲第二号証別紙(2) 参照)をとることを確認していた。

(一) 一〇月三一日午前一〇時三〇分ごろ局側から全逓支部に対して両組合の組合数を確認したいとの申出があり、同時四〇分ごろ会議室で局側は庶務課長・栗林課長代理、組合側からは小池副支部長、小林書記長の立会のもとで「かなりのダブリが予想されるので名簿を事前に整理し、三者立会の場所で提出する」ことが確認され、午後確認方法について詳しく話し合われることになつた。

(二) 同日午後一時一〇分から会議室で局側は庶務課長・栗林課長代理、組合側は小池副支部長、小林書記長の立会の上確認方法について話しあわれた。全逓支部が確認方法について甲第二号証別表(2) のとおり提案したところ、局側は、「考え方は全逓と同じである。」と答え、全郵政にもこの方法を確認してほしいとの申出に対しても「この案は昨年のとおりであるので、つき合せの場で当局から双方に説明する。」ということであつたが、再び全郵政はどうかと念をおしたところ「当局の方で説明する」とはつきりした回答があつた。

(三) 局側はこの窓口交渉において全逓支部の提案に同意するのみで、自からは確認方法について別の提案など何ら出さなかつた。

もし局側が全逓支部提案の確認方法に異議があるなら、その時点でそれに代る確認方法について提案がなされていて然るべきである。それがなかつたことは、この時点では明らかに局側は右確認方法に同意していたのであり、その後何らかの事情の変化により、一方的に右確認方法を拒否してきたものと考えざるを得ないのである。

(四) 以上のように局側は窓口の段階でははつきりと全逓支部提案の確認方法に同意していたのであり、全逓支部はその確認方法に従つて組合員数の確認が行なわれるものと考え、そのときに提出するため組合員名簿の他、元全郵政の組合員については全逓への加入届と全郵政からの脱退届、全逓から脱退したと考えられる者については、念のため、その脱退及び全郵政への加入を撤回する旨の書面等、証明資料を全て準備して、午後の組合員数の確認の場に臨んだものである。

二、組合員数確認の場において局側が一方的に右の確認方法の約束を破つたため、騒然たるうちに話し合いは打切られた。この責任はあくまでも局側にある。

(一) 同日午後二時五〇分から会議室において突き合せ確認が始められた。

局側  局長、次長、庶務課長、課長代理

全逓  支部長、副支部長、書記長

全郵政 支部長、副支部長、書記長が出席した。

(二) まず局長から「全逓と締結していた三六協定の期間が切れるので新たに締結したいが、どちらの組合が過半数を維持しているかこの場で確認したい。」次に庶務課長から「両組合の総数の確認をしたい。手違いがあつては困るので、正式な手続をとりたい。まず、双方で各課別に名前を呼上げてもらいたい。」との話しがあつた後、組合員の名簿の読上げが行なわれた。

しかしこの時点で、被申請人の主張するように、当局側が「重復した者の取り扱いについては昨年の例によつてやりたいので、本席が終り次第、本人の意思を確認したいので、両組合とも立会つてもらいたい」旨、発言したことなど全くない。だからそのようた方法を了承したこともない。もしそのような発言があつたとすれば、当然全逓支部の方から「約束とちがう。」と抗議するはずであり、全逓支部はあくまで約束ずみの確認方法で確認が行われると信じて組合員名簿の読上げに入つたのである。

(三) 両組合が読み終つたあと、局長が突然「今重復した二一名については本人を呼んで自由意思を表明させたい。」と発言したため、全逓支部の支部長申請人川井は、全く約束が違うことに気がつき、「窓口で確認した方法と相違する。全郵政を脱退して全逓が委任状を持つているものの取扱いはどうなるか」と抗議したところ、局長は「脱退届が郵送中ということもあるから、そういうことは関係ない。」とか「その場合にはそれぞれの組合の所属になる。」などと発言するばかりで、「何故約束を破つたのか。」という質問には全く耳を貸そうとしなかつた。

以上のようたやりとりがあるとき、全郵政の宮崎支部長が「二一名は当局が責任をもつて確認せよ。」と発言し退席したため、会場が騒然としてしまい閉会となつてしまつた。同時四〇分ころであつた。

(四) 以上のような、局側の一方的で強引な態度に対し、全逓支部は抗議し、約束した確認方法に従うよう要請したが、結局拒否され、そのため閉会となつてしまつたのである。この責任はあくまで局側にあることが明らかである。全逓支部が持参してきていた全郵政脱退届や、全逓脱退の撤回の書面などは結局、それを提示する機会を失つてしまつた。

三、全逓支部はその後一方的に約束を破り、とうてい同意できない方法で確認をしようとしてきた局側に対し、「確認方法についてはつきりした回答さえ得られたら資料はそろつているからいつでも資料の突き合せに応ずる。」と言つていたにもかかわらず、局側はその申出に応ずることなく、一方的に一部の資料だけで組合員数の確認をすませてしまつた。

(一) 閉会後、川井支部長から局長に対し「窓口で確認した方法を何故とらなかつたのか、局長のやり方には納得できない。」と抗議をしたが、局長は「それについては、一応納得したと考えるので二一名を集めたい。」と答えるだけであつた。

(二) 四時四五分ころ、村松地区副委員長と杉山地区執委が局長室に抗議に行つたところ、「窓口での確認方法の中味については知つていた。しかし三者立会いの場で私から冒頭説明したその時に異議がなかつたから了承していると思つている。」などと答えるだけであつた。それでも二一名の問題を証拠もなしに締結することには絶対納得できない。二一名の確認方法について考えて返事せよ。」と要請したところ局長はそれを了承した。

(三) 午後七時三〇分、局長室へ申請人支部の三役が確認方法を一方的に破つたことに対する抗議文(疎甲第三号証)をもつていつたが局長が受けとらなかつたため、その場に置いてきた。右抗議文には資料はこのようにそろつている、ということを示すため、申請人支部の手持ちの資料の一部を添付した。

そのときは三名についての全郵政加入の撤回届等も所持していたが、資料突き合せが再開されたときに他の資料と一しよに提示しようと考えていたため添付しなかつた。

(四) 午後八時すぎ、当局側より、話し合いの申入があつたが、たまたま、組合側不在のため話し合えたかつた。三一日中に連絡があつたのはこの一回限りである。

(五) 翌一一月一日午後二時三〇分ごろ次長より申請人川井へ会見申入れがあつたので、同人は次長室へ行つたところ、次長は用件もいわずただ「局長室へ入れ」というだけなので「用件をいわないのでは入れない」と、帰つてきた。

(六) その直後、午後二時四〇分ごろあらためて同人より局長へ生田地区書記長と一緒に行く旨申入れ、局長室に行つたところ、局長から「今の時点で全郵政が過半数を占めると判断されるので全郵政と締結したい」旨一方的に通告された。

「一方的な判断であり認められない。他にも他の組合員と認めるべき資料はある。」と抗議したが、局長の態度は変らなかつた。

あらためて、「円満に解決する気があるなら、私の方の案を出す。」と「<1>前記の確認方法、<2>締結されていないので凍結時期は三者の話合いがついたときとする段階で凍結する、<3>最終的た組織人員の固定は以上の<1>、<2>の終了後とする。」と提案したが、局長は答えないため、話し合う気持があればいつでも応ずる旨述べて、退席した。

(七) 午後三時一〇分ころ庶務課長より、証明資料を出してほしい旨申入れがあり、組合は現在手元にあるが、まずさきの申入れについての回答をせよと求めたが、ただ証明資料を出せと繰り返すだけで終つた。

(八) 五時四五分、庶務課長より電話で、全郵政と三六協定を締結する旨の一方的な通告があつた。

(九) 以上のように局側は確認方法の取決めを一方的に破つたあと、全逓支部からの確認方法についての話し合いに全く応じようとせず一方的に一部の資料だけで組合員数の確認を終つた。局側は締結時、全逓支部に他に手持の資料があつたことは百も承知であつたのである。

四、被申請人の主張する本件三六協定締結の経緯には、事実に反するところがある。実際の経緯は以上に述べたとおりである。全逓支部は公正な手続によつて両支部の組合員数を確認することを局側に要求していたのであるが、当局側は三六協定の締結を安易に認める全郵政との締結を画策し、いつたん全逓と合意した確認方法をふみにじり、全郵政のいいなりの方法で組合員を確認して本件三六協定の締結を強行したのである。

以上

答弁書

申講の趣旨に対する答弁

本件申請を却下する

申請費用は申請人の負担とする

との裁判を求める。

申請の理由に対する答弁

第一項(一)認める。

(二) 認める。

(三) 認める。

第二項(一) 浜松郵便局長が、同項記載の日時ごろ、時間外労働及び休日労働に関する協定(以下「本件協定」という。)を締結したことは認める。(ただし、正確な時刻は午後五時五二分である。)

その余は争う。協定の相手側は後記のとおり同局の職員を代表する宮崎文雄であり、本件協定は昭和四七年一一月二日浜松労働基準監督署に届出、受理されたものである。

(二) 認める。

(三) 浜松郵便局長が所属職員に対して業務運行に際し、必要と認める都度、時間外勤務命令を発していることは認める。

(四) 時間外勤務命令をうけた全逓信労働組合浜松支部(以下「全逓支部」という。)の組合員の大部分が協定は無効であるとして命令を拒否していることは認める。

第三項柱書部分は争う。

(一) 争う。ただし、同項記載の「労働者」に後記の管理職員を含むのであれば、右の事実は認める。

(1)  認める。

(2)  認める。

(3)  協定締結時の全逓支部の組合員数が二一七名であつたこと、全日本郵政労働組合浜松地方支部(以下「全郵政支部」という。)が、「労働者」の過半数を組織していなかつたことは争う。

その余は不知。

(二) 柱書部分は、争う。

(1)  全郵政支部が昭和四六年二月二七日結成されたことは認める。郵政省が全郵政支部に対して、公然・非公然の保護育成政策をとつた事実は、争う。その余は不知。

(2)  認める。ただし、交渉とあるのは窓口折衝である。

(3)  局側から全逓支部に対して同項記載のとおりの申出および全逓支部からの提案があつたことは認めるが、局側もこれに同意し、全郵政支部に対しては局側から確認方法を説明し了承を得ることに取定められたことは、争う。

(4)  認める。

(5)  争う。

(6)  争う。

(7)  全逓支部が一七名分の全逓加入申込書写を局側に提示したことは認めるが、全郵政脱退届を局側に提示したことは争う。その余の事実は不知。

(8)  争う。

(9)  浜松郵便局長が、同項記載の日時ごろ、本件協定を締結したことは、認める。ただし、正確な時刻は、午後五時五二分である。

(三) 争う。

第四項浜松郵便局長が、本件協定は有効であると主張していること、同局長が所属職員に対して業務運行に際し必要と認める都度、時間外勤務命令を発していることは認めるが、その余は、争う。

第五項(一) 同項記載のごとき協約が存することは認めるが、その余は争う。

命令違反として処分がなされるか否かは場合による。

(二) 争う。

第六項争う。

被申請人の主張

一 申請人らは、本件申請の当事者適格を欠く。

申請人らは、本件申請の本案訴訟として、本件協定の無効確認訴訟を提起する予定であるとするが、本件協定は確認訴訟の対象たりえない。

確認訴訟の対象となるものは、一定の具体的な権利又は法律関係の現在における存否の主張でなければならない。しかして、申請人らのいう本件協定の無効確認は、単に過去における事実の存否である点において、また、乙四号証にみられるように、個別的権利関係でない一般的処分の存否である点において確認訴訟の対象たりえない。すなわち、本件協定は、前記のとおり、一一月一日に結ばれたものであり、右協定の有効、無効は、過去の法律事実にすぎず、それじたいの確認を求めることは許されない(最判昭三〇・九・三〇集九巻一〇号一四九一頁)。これに加えて、本件協定は、乙四号証にみられるように、労働基準法三六条に基づく、いわゆる三六協定であり、右協定の効力は、浜松郵便局長が、同法三二条、四〇条および三五条違反の責(一一九条一号、三号)を問われることなく時間外労働、休日労働をさせるうるという、使用者側に対する刑事免責のみであつて、労働組合、労働者が、右協定によつて、労働させられることを直接的に義務づけるものでない。(有泉・労働基準法三三九頁)。

したがつて、申請人らの主張する労働命令は、右協定じたいの効果ではなく、申請人らのいう労働協約ないし就業規則により発せられるものであり、これによる労働義務の存否は、本件協定の直接の効果ではない。かかる具体的な権利関係からはなれた前提段階の事実の確認を求めることは、あたかも法ないし条例が違法であるとして、具体的な権利関係の存否でなく、法ないし条例じたいの違法確認を求めると同様に許されない訴えである。

以上で明らかなとおり、申請人らのいう確認訴訟は、訴訟の対象たりえない不適法なものであり、本件申請は、その被保全権利を欠くものであるが、かりに、申請人らの労働義務の存否が問題となりうるとしても、仮処分により、本件協定じたいの効力の停止を求めえないことは明らかである。

二 本件申請は、仮処分の対象たりえない。

申請にかかる時間外労働命令は、行政事件訴訟法四四条にいう「行政庁の処分、その他公権力の行使にあたる行為」に該当し、民事訴訟法の仮処分により、その効力の停止を求めることは許されない。すなわち、郵政省職員を含む五現業関係の職員については、公労法四〇条による除外があるほか、国家公務員法の規定が適用される。これによれば、勤務関係の基本である任免、分限、懲戒、保障、服務については、いずれも国が、公務員に対し優越的地位を保つ関係として規定している行政処分であることは明らかである(国公法三三条ないし六一条、七二条 七四条ないし七六条、七八条ないし八四条一項、八五条、八九条ないし九六条一項、九七条、九八条一項、一〇〇条一項ないし三項、一〇一条な

いし一〇五条等)。

したがつて、申請にかかる労働命令も、服務についての命令である業務命令の一つとしての実定法上の基礎のある行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為であることは明らかであり、仮処分の対象たりえない。

三 本件協定は適法であり、申請人らの主張する瑕疵は存しない。

1.郵政省における三六協定締結の取扱い。

(一) 昭和四〇年の公労法改正前においては、管理職員(給与特例法二条二項に規定する職員に該当するものであつて、公労委告示一号の四に定める者(以下「管理職員」という。)について、労基法が全面的に適用除外されていたので、三六協定は、郵便局における管理職員を除いた職員の過半数をもつて組織される労働組合との間に締結されるのが通例であつた。

(二) 右、公労法改正に伴つて管理職員にも労基法が適用されることとなつたため、労働組合が三六協定の協定当事者となるには、郵便局において管理職員を含む職員の過半数(以下「絶対過半数」という。)を占めなければならないこととなつた。以上の労働者の範囲の解釈は、労働省の行政解釈によつても支持されている。すなわち「労基法三六条の協定は、当該事業場において法律上、または事実上、時間外労働または休日労働の対象となる労働者の意思を問うためのものではなく、同法第一八条、第二四条、第三九条および第九〇条におけると同様、当該事業場に使用されているすべての労働者の過半数の意思を問うためのものであるから<1>労基法四一条二号の規定に該当する者、<2>病欠、出張、休職期間中等の者も労働者の範囲に含まれる」その理由として「労基法第三六条では、『労働者』について特段の規定がないうえ、労基法の他の一規定、すなわち一八条、二四条、三九条、九〇条においても同一の表現が用いられており、三六条に限つて労働者の範囲を制限的に解する理由はなく、また、労基法三六条の『労働者』から法律上あるいは事実上時間外労働または休日労働があり得ない者、たとえば年少者、女子等を除外することは明文に照して無理があることを考慮すると労基法九条の定義によるべきが妥当と解される」(基収六二〇六号昭四六、一、一八、乙三号証の一、二)としているのである。

(三) かくて、管理職員を除く職員の過半数(以下「相対過半数」という。)しか擁しない組合は、従来協定当事者としての適格があつたにもかかわらず、これを失うこととなつたのであつたが、申請外全逓本部から「従来の慣行を無視することは認めたいので、従来の協定当事者と三六協定を締結すべきである」旨の申し入れがあり、郵政省としても、相対過半数の労働組合が存在する郵便局等において、従来の経緯を無視し、相対過半数を占める労働組合の協定当事者適格を完全に否定することは、労使関係の安定という観点からも好ましくないと考え、協定当事者として事実上相対過半数を占める労働組合の意思が反映される、つぎの措置を行なつている。

(1)  事業場の職員の過半数を占める労働組合が存在するときは、当該労働組合を当事者とする。

(2)  事業場の職員数から管理職員を除外した場合に、残りの職員の過半数を占める労働組合が存在するときは、当該労働組合の代表者を当事者とする。

この場合、相対過半数を占める労働組合は、労基法三六条の「労働者の過半数で組織する労働組合」とはなり得ないが、当該労働組合の代表者をもつて当該郵便局等の職員の過半数を代表する者(いわゆる職員代表)に選任することとし、この場合、利益代表と同視しうる管理職員は特段の意思表示がない限り、相対過半数を占める労働組合の代表者に三六協定締結の権限を委任したものとして取扱う。(この場合に、三六協定の協定当事者は、法的には職員代表としての個人となるが、組合の立場を尊重して、協定書および協定届に「労働者を代表する者」として記名押印する際「○○労働組合支部長」等の肩書を使用することを認める。)(乙、四、五号証)。

(3)  <1>および<2>以外の場合には、職員の過半数を代表する者を当事者とする。

(四) 右(2) の相対過半数の取り扱いをするに至つた理由につき付言すればつぎのとおりである。

(1)  郵政省は昭和四〇年の公労法一部改正により、管理職員についても労基法が適用されることとなつたため、三六協定締結に当り、管理職員を労働者の数に含めるべきか否かについて労働省に照会したところ、管理職員も労働者の数に含まれるとの回答を受けた。そこで、人事局松井管理課長公用私信(昭四一、四、二八)を発して、右回答の趣旨をもつて各局を指導した。

(2)  全逓は右公用私信が発せられたことを察知すると、郵政省に対して「管理職員を三六協定締結上の労働者に含めるべきではない」として、右公用私信の撤回等を要求し(乙八号証)、同四一年六月の三六協定の締結の拒否を辞さない方針であつた。

(3)  郵政省としては、このような全逓本部の申し出を受け、前記公用私信については、郵政省独自の見解ではなく、労働省の見解と指導によるものであるうえ、純然たる法律解釈上の問題であるから、交渉によつて解決する事項ではないが、労使関係の安定という観点からは、これを無視することは好ましくないことを考慮し、前記(三)の(2) のごとき職員代表となる者が協定書および協定届に記名押印する際、労働組合の役職を肩書として記入することを希望すれば、これを認めることとした。かかる取り扱いは、法律上協定当事者の記載方について特段の制限を設けた規定は存しないので、違法とはならない。

ただ三六条上協定当事者は「労働組合」と「職員代表」に限定されており、職員代表が協定当事者である場合に、協定書および協定届の記名に組合役職を付記すれば、協定当事者が労働組合であるとの誤解を生じる虞があるけれども、三六協定の効力要件としては三六条の要件を充し、実質的に当該事業場の労働者の過半数意思を代表する者であればよく、協定当事者の区別によつて協定の有効性に差異が生じるものではないこと、監督機関としても協定当事者が労働組合の場合も三六条の要件を充足しているか否かを協定届のみによつて当然に判断できるということにはならず、結局は職員代表が過半数の意思を代表しているか否かを判定するのと同一方法により過半数組合であることを調査しなければならないものであること。しかも、様式九号(同法施行規則一七条)の「協定を締結した労働者代表」欄の記載方法については特段の定めがないことからも明らかなように法律上協定当事者の記名方法により、協定自体が違法となることはないと解される。

(4)  以上のような、相対過半数の取り扱いは労基法三六条が過半数意思の労働者集団として、第一義的に過半数労働組合を選定している趣旨にも合致するものである。また、郵便局等に甲乙二つの組合があり、甲組合は絶対過半数には達しないがそれに近い組合員数を有し、乙組合は少数組合でありその他に未加入者および管理職員がいるような場合に相対過半数の取り扱いを行なわないこととすれば、乙組合、未加入者および管理者を合わせた労働者の代表者が協定当事者となりうるので、多数組合である甲組合の意思が全く無視されることとなる。このようなことは労基法三六条の趣旨および労使関係の安定という見地から好ましいものではなく、また、郵政省には全国二万余の事業場があるので、その取り扱いが区々にわたると、いたずらに労使間の紛争を生じさせることが予想されるため、少なくとも管理職員を除いた職員の過半数を組織する労働組合の意思は尊重しようという紳士的かつ実態に即した措置をとることとしたのである。

(5)  職員代表の場合、委任の方法については措くとしても、職員代表となつた者が個々の職員から協定当事者として支持されているという点について、使用者は一方の協定当事者として確認しておかなければならないのである。この場合、労働組合の代表者を協定当事者としておれば、少なくとも当該組合に所属する職員については、特に疎明を求めなくても支持の意思があるとみることができ、当該組合の組合員以外の者の支持の有無のみを確認すればよいこととなる。そして、使用者としては、監督機関の臨検を受けたような場合に、協定当事者がその要件を充足していることを明らかにするため、職員代表となつている者が組合の代表者であることを証明すれば当該組合の組合員から支持されていたことを疎明できるのであり、その際協定書等に職員代表となつた者が組合代表者であることを表示しておけば、多言を要しないこととなる。

(6)  以上のように、郵政省における相対過半数の取り扱いは適法かつ協定当事者からみても監督機関からみても実態に即した措置である。

2 本件協定締結に至る経緯について

(一) 浜松郵便局には全逓支部のほか、全郵政支部があり、右両組合の組合員数は、昭和四六年末頃から同局職員を二分する状態となり、いずれの組合も絶対過半数を制するに至つていないため、三六協定の締結に当つては相対過半数を有する組合の代表者をもつて、同局の労働者の過半数を代表する者とし、前記郵政省における三六協定の当事者の取り扱いに従つて、三六協定を締結していた。すなわち同四六年一一月一日には、両組合の組合員数について、両組合の代表者立会いのもとで、その意思確認を行なつた結果、全逓支部二一三名、全郵政支部一九一名、未加入一四名ということが明らかとなり、全逓支部が相対過半数を有すると確認されたので、全逓支部支部長藤原勇を過半数の同局職員を代表する者として同年一一月一日から同四七年一〇月三一日まで、一年間の有効期間を定めた三六協定を締結した(乙五号証)。

(二) 同四七年一〇月三〇日午後一時四〇分ごろから同二時二一分ごろまでの間、全逓支部との間に窓口折衝を行なつた際、全逓支部から「全逓は過半数であると考えている。三六協定の締結は慎重に対処されたい」旨の申し出があり、一〇月三一日午前一〇時ごろ全郵政支部は三六協定の締結についての団体交渉を申し入れて来た。

(三) このように両組合とも過半数である旨の意思表示を行なつてきたので、同局長は、両組合に対し両組合の組合員数を確認するため、組合員名簿の突き合せをしたいので、それぞれの組合員名簿を提出するように要請した。

(四) 同日午後一時一六分ごろ全逓支部から当局側に対して窓口折衝の申出があり、これに応じたところ、全逓支部はつぎの申入れをし、当局側は「一方の組合からのみの申入れではきめられないので持ち帰る」旨の回答をした。

<1> 職員一人一人について確認していく。

<2> 両組合に重複している職員については昨年の方式により当局側、全逓支部および全郵政支部の三者が立会いの上、各人にその意思を記入させて、記名投票により確認する。

<3> 全逓に全郵政の脱退届と全逓の加入届があつたものはすべて全逓とする。

<4> 全郵政に全逓の脱退届と全郵政の加入申込書があつたものはすべて全郵政とする。

<5> 全逓に全郵政の脱退届のみのものは未加入とする。この逆もある。

<6> 全逓に全郵政の脱退届があり、委任状のあるものは全逓とする。この逆もある。

<7> その他ケースバイケースでその場で決めていく。

<8> 以上について、書類の日時等は関係ないものとする。

すなわち、名簿突き合せをもつて全部その日付とする。

(五) このあと当局側は全郵政支部との間で窓口折衝を行ない意見を求めたところ「重複者の確認が遅れるとまたとりあいが始まるので早くやつてもらいたい」旨主張した。

(六) 一〇月三一日午後二時五二分から同四時一〇分までの間当局側(局長、次長、庶務課長、同課長代理)、全逓支部(支部長、副支部長、書記長)および全郵政支部(支部長、副支部長、書記長)の三者が同局会議室に会同し、まず当局側から「昨年締結した三六協定の有効期間が切れるので、引続き協定を締結していただきたいが、両組合とも過半数あるといつているので確認をしてもらいたい。行き違いがあつてはいけないので慎重に取り扱つていきたい。両組合の組合員数を合計すると職員数より多くなるので両組合に重複している者がいると考えられる。重複した者の取り扱いについては昨年の例によつてやりたいので、本席が終り次第、本人の意思を確認したいので両組合とも立会つてもらいたい。」旨述べて、確認に入り第一集配課、第二集配課、郵便課、保険課、貯金課、庶務課、会計課の順序で、各課ごとに、両組合が所属組合員の氏名および各課ごとの組合員数を読みあげて、両組合の組合員数を確認した結果、次のような数字が明らかとなり、二一名の者について両組合に重複していることが判明した(乙一号証の五の一・二)。

表<省略>

(七) 右重複者二一名の個別意思確認について、「本人の自由な意思が表明ができるよう昨年の例により三者立会いの場で投票用紙を渡し、別室で本人の意思を記入し、この場に備えつけの投票箱に入れさせる」との方法を再度両組合との間に確認し、二一名の重複者は当局側において集めることとし、集つた時点で再度両組合に連絡をする旨告げて、両組合に待機してもらうよう要請して名簿突合の席をひとまず打切つた。

(八) 同日午後四時二〇分ごろ同局会議室において庶務課長および同課長代理が、右重複者の確認の準備をしていたところ、全逓静岡地区本部杉山執行委員から電話があり「今日のやり方に抗議したい」といつてきたので、同課長が、「平穏なうちに三者で決定したことだから、決定どおり実施する」旨述べ、同様の抗議電話が局長室にもあつたが、局長も右同様の回答をした。このころ二一名の重複者のうち、第一集配課鈴木博良ほか三名が会議室へ入室して来た。

(九) 同日午後四時二七分ごろ、全逓支部井島執行委員を先頭にして、全逓支部の組合員一二~三名が大声で抗議しながら会議室に乱入し、抗議を繰り返したため、同会議室は騒然となり、結局重複者の意思確認を行なうことができなくなつた。

(一〇) 同日午後四時三五分ごろから同五〇分ごろまでの間、全逓静岡地区本部村松副委員長外一名が局長室に入室し「窓口で確認したことと違うので混乱したのだから何らかの収拾方法を考えるべきだ」等の抗議を行なつて来たので局長は「窓口では意見として承つたもので確認したものではない、両組合の窓ロでの主張を聞いて慎重に判断し、確認の場でその方法を示しつつ実施したものできわめて平穏裡に終つたもので今更そういうことをいわれるのは納得できない。」旨応答した。右両名が局長室から退室した直後、局長は事態を収拾するため、全郵政支部長に対し、「資料突合せによつて事態を進展させたいから応じて欲しい」との申し入れを電話で行なつたところ同支部長は、「三者決定(局側、全郵政、全逓の三者により決定したとの意味)の方法の実施を実力で阻まれ全逓の言い分によつて態度を変えられることは納得できない」と返答して来たので、さらに局長が「事態を冷静に判断して欲しい」と説得したところ「考えてみる」といつて電話を切つた。

(一一) 同日午後五時五七分ごろ、全逓支部長、同副支部長、同書記長の三名が局長に面会を求めてきたので局長室で応対したところ、同支部長はいきなり語気鋭く、「抗議文をもつて来た、とつてくれ」と発言し、同局長が「どういうことが知らんが受けとれない」と返答すると、同支部長は「受け取らなければ、ここにおいていく」と言つて、局長室の会議用卓子の上に抗議文をおいて立去つた。

右抗議文には全逓への加入申込書一七枚が添付されており、そのうち一六名の加入申込書に記載されている氏名は、前記三者確認の際に両組合へ重複している者の氏名と一致することが判明したので、重複者二一名のうち一六名については申請人支部に所属するものであると確認されたが、右加入申込書一七枚のうち残りの一枚に記載されていた者(太田宜克)の氏名はすでに全逓所属であることが確認されていたものである(乙一号証の六の一~一八)。

(一二) 同日午後六時二〇分ごろ、全郵政副支部長から局長に電話があり「不本意ながら事態収拾のため、先刻の話に応じてもよい」旨の連絡があつた。

(一三) 同日午後六時四五分ごろから同七時四〇分ごろまでの間、四回にわたつて当局側は全逓支部と事態収拾について話し合うため、同局四階にある全逓支部の組合事務室へ連絡をとつたが、いずれも「三役が不在であり行方もわからない。他に事態収拾について話し合いの出来る責任者がいない」との返答を受けたので、全逓支部との間に当日(一〇月三一日)中に話し合いをもつことを断念せざるを得なかつた。

(一四) 同日午後七時〇分ごろから同八分ごろまでの間、全郵政支部との間に話し合いを行ない、当局側から「全逓とも話し合いをして三者で事態の収拾をしたいが、全逓の方は責任者がいないので今日(一〇月三一日)はやれない」旨説明したところ、同支部は「交渉相手がいないということであれば、あの場で三者が確認したことを放棄したとみるべきだ、こちらに資料がある。確認してくれてもよい。」と申し出、さらに「書類をもつていつでも土俵の場にのぼる用意がある、あの席で局長が『書類が届いていないものは郵送中とみなければならないのでダブつたものは三者で確認したい』といつたことについて、川井(全逓支部支部長)は何ら反論していないではないか、はつきり言つて先方は定数がなく放棄したとみる。当方の勤務者について至急確認されたい、タイムリミツト(一〇月三一日をもつて三六協定の有効期間が満了すること)もあることだ、支部長が不在ならほかの者でもできる筈だ。」と申し立てたので、当局側は「検討する」と回答した。

(一五) 同日午後七時二七分ごろ全郵政支部書記長は、局長室を訪れ「団交申入書を持参しました、整理してきたからすみやかに三六協定を締結されたい。」といつて、書面による団体交渉の申入れを行なつて来た。右団交申入書には全郵政組合員名簿と全郵政加入申込書五枚(乙一号証の七の一~七)が添付されており、氏名を確認したところ、五名はいずれも三者確認の際両組合へ重複していたものであり、さらに、前記全逓からの抗議文に添付されていた全逓加入申込書により確認された一六名のものと重複しないことが判明した。

(一六) したがつて、全逓支部および全郵政支部からそれぞれ提出された加入申込書により、三者確認の席で重複者とされていた者二一名について、そのうち一六名が全逓支部に所属し、他の五名が全郵政支部に所属するものと判断されたので、両組合の組合員数は、全郵政支部二一八名、全逓支部二一二名となり、その他に未加入三名、管理職員二四名がいるため絶対過半数を占める組合は存在しないことになり、全郵政支部が相対過半数を占める組合であると確認された。当局側としては、右組合員数について明日(一一月一日)両組合へ再度確認のうえ相対過半数を占める全郵政支部支部長宮崎文雄を職員代表と認めて三六協定締結の申入れを行なうことにした。

(一七) 一一月一日午前九時五分ごろ昨日当局側において確認した組合員数について再度両者で確認をするため庶務課長代理から全逓支部書記長に話し合いを申入れたところ「昨日のことなら一切だめだ、聞く耳をもたない。」と答えその傍にいた全逓静岡地区本部山本執行委員は、「このことは一切地区が責任をもつ、地区と話そう次長に来るように言え。」といつて申し入れを拒否した。そこで同代理は右趣旨を次長へ報告したところ次長から地区の役員であつても「非公式な会見なら応じてもよい。」旨連絡するよう指示されたので、同支部組合事務室へ赴き前記山本地区執行委員に対しその旨伝えたところ「後で連絡する。」とのことであつた。

(一八) 同日午前一一時二三分ごろ全逓静岡地区本部書記長から次長に電話があり、昨日の名簿確認の方法について抗議して来たので、「三者のいる席で局長が説明した確認方法については両組合とも異議の申し出はなく、確認も平穏裡に終了したものであり、後になつて抗議してくるのはおかしい」旨説得した。しかし同書記長は納得しなかつたので、次長から「これ以上話しがあるなら、会つて話そう。」と申し出たところ「いついけるかわからない」と言つて電話を切つた。その後、全逓支部内の郵便局における三六協定の締結についての話し合いをも含めて、同支部との話し合いの機会をもつよう数回にわたつて申し入れを行なつたが全逓支部はこれに応じなかつた。

(一九) 同日午後三時三〇分ごろ局長から全逓支部長に対し「三六協定の締結について、当局側としては、昨日来の確認によりやりたい、異議があれば申し出てもらいたい」旨の通知を行なうこととして同支部支部長へ局長室へ来てくれるよう要請したところ間もなく同支部長は次長室(局長室に隣接)へ来たので、次長から「局長が用事がある」旨伝えると同支部長は「何の用事があるのか、勝手なことをするな」と大声でわめいてその場から走り去つたので右通告を行なうことはできなかつた。

(二〇) 同日午後三時五一分ごろから庶務課長は全郵政支部と窓口折衝を行ない、一〇月三一日午后七時二七分ごろ全郵政支部提出の全郵政への加入申込書(五枚)等について説明を求めたところ、同支部は昨日同様二一八名の組合員数に変動はないと申立てた。全郵政との窓口折衝終了後当局側は一〇月三一日午後五時五三分ごろ申請人支部三役が局長室に持つてきた一七枚の全逓への加入申込書の氏名と、全郵政支部提出の名簿により組合所属人員の確認を改めて行なつたところ、前記(一六)のとおり全郵政二一八名、全逓二一二名、未加入三名となり、全郵政が相対過半数を有すると判断した。(乙六号証)。

(二一) 同日午後四時一五分ごろ全逓支部支部長および全逓静岡地区本部書記長が局長室に来たので、局長から「昨日の名簿確認で二一名の重複があつたので双方立会いのうえ明らかにしようとしたが応じてくれなかつたので、貴組合支部の抗議文添付の加入届と全郵政支部提出の資料によつて、確認時点では全郵政が過半数を占めていると認められたので全郵政支部代表者に協定締結の当事者資格があると認める。」と通告したところ、全逓支部長らは前記(四)の主張をむしかえしたので同局長は「総合的に判断して昨日の方法を最善と考えて措置したものだ、申し出は一応承わつておく。」と言つて話しあいを打ち切つた。

(二二) 同日午後五時三二分ごろ、庶務課長から全逓支部長へ電話をして「資料があるなら提示してもらいたい。」と申し向けたところ、同支部長は「あなた方に利用されるから見せるわけにはいかない」と返答し同課長がさらに「見せることができないのですね」と念を押すと「そうだ」といつて電話を切つた。

(二三) 同日午後五時四七分ごろ、再度庶務課長から全逓支部長へ電話して全郵政代表者との間に三六協定を締結する旨の通告を行なつた。

(二四) 同日午後五時五二分ごろ局長室において宮崎文雄を協定当事者として、昭和四七年一一月一日から同四八年五月三一日までを有効期間とする三六協定を締結した(乙四号証)。

3 本件協定の適法性

(一) 三六協定成立のためには、「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との協定」による(労基法三六条)。ところで、ここでいう「労働者」については、同条に特段の制限がないのであるから同法一八条、二四条、三九条、九〇条におけるのと同様に、当該事業又は事業所に使用され、賃金を支払われる者をいう(九条)のであり、法四一条二号に該当するものも含まれ、職務内容の実態から、管理職員がかかる労働者に含まれることは前記のとおりである。これを、本件にみると浜松郵便局においては、労働者の総数は四五七名(管理職員は、局長を除く二四名)であり、前記のとおり同郵便局では過半数をしめる組合は存しないことになる。

(二) ところで、郵政省の取扱いとしては、このように二組合が存し、絶対多数をしめる組合が存しない場合に、相対多数をしめる組合の代表者との間に協定をむすび、管理職員は、この多数者に賛成し、結局過半数の職員との間に協定を成立させる扱いがなされている。(ただし、この職員の代表者は組合の立場を尊重し、組合の代表者と表示されること、およびかかる取扱いが適法かつ妥当なものであることは前記三の1で詳述したとおりである(昨年分につき、乙五号証参照))。

(三) そこで、本件において、前記宮崎文雄は本件協定の締結時において、総数四五七名のうち少くとも合計二四二名の職員(全郵政組合員は二一八名。管理職員は局長を除く二四名。)の委任を受けていたことは前記のとおりであり、本件協定が過半数の労働者の賛同をえたことは明らかである。

(四) かりに、「労働者」に前記管理職員が含まれない場合、浜松郵便局における労働者は総員四三三名となり、その過半数は二一七名であるところ、本件協定を締結した全郵政支部は右締結当時少くとも、二一八名(全逓支部は二一二名)の組合員を擁している労働組合であるから右全郵政支部との間になした本件協定は適法である。

(五) 申請人らは、浜松郵便局長の員数の確認方法を争うが、同局長の算定方法は一〇月三一日にその各構成員を各人につき、つき合せをしたものであり、合理的な根拠を有する。すなわち、同局長においては全逓および全郵政の各支部から各組合員名簿を提出させ、(乙一号証の二ないし四)、うち全逓組合員であることに争いのないもの一九六名、全郵政組合員であることに争いのないもの二一三名、および未加入者三名を確認し、争いのあるもの二一名につき両組合に資料の提出を求め両組合からの資料により各加入届のあるもの全逓につき一六名、全郵政につき五名を確認した(乙一号証の五の一、二)ものである。

(六) 申請人らは、全逓支部組合が二一七名の組合員を擁していたと主張し、その根拠として、昭和四七年一〇月一日現在の組合員数一九四名、その後の新規加入者五五名、脱退者五名(うち撤回者三名)があるとされるが、以下にのべるとおり、その根拠がないものであり、本件協定を無効たらしめるものではない。

(1)  申請人らの主張する組合員数については、まず一〇月一日現在の一九四名の構成員につきその名前が明らかでないため、二五名の新規加入者が一九四名中に含まれているか否か明らかでない。

また、新規加入者二五名はいずれも一〇月三一日付で加入届がなされているが、同日当局が両組合より、各組合員名簿の提出を受け、つき合せた際、うち七名(足立、神谷(国)、太田(正)、久保田、山田、土屋、太田(宜))については全逓であることにつき、うち二名(池谷、二橋)は全郵政であることは争いがなかつたものである。右二名のうち、池谷了乙につき、申請人らは、名簿突合の後において脱退の意思をあきらかにする承諾をえた、と言う(二橋についてはこれがない)が、右脱退の意思表示は全郵政側に到達していない(乙一一号証)ばかりか、池谷の右日時ごろの態度からみて、申請人ら主張の日時に右承諾があつたことは極めて疑わしい(乙一一、一二、一六号証)。なお、員数確認の基準時については、員数を確認してから、協定のための交渉、協定成立の間には必ず時間的ずれが生ずるものであるから員数は、協定成立時であるといつても、それには条理上自ら制限があるのであつて、本件におけるごとく、両組合において一たん名簿確認の手続に入り、締結が遅れたのは、局側における確認の結果につき、全逓側の承認をえたいと努めたためにすぎない場合において、両者が確認手続に入つた以降の増減をもつて争いえないというべきである。

(2)  また、申請人らは、五名の脱退者につき三名の撤回者(神谷、久保下、河合)があるとするが、疎明資料においては、これらの者は、もともと脱退者でなかつたとされ、申請人らの申請事実の真実性を疑わしめるものである(五名の脱退届につき、乙七号証)。また、これらの撤回者については、その撤回の意思表示は、全郵政支部に到達しておらず、脱退の効果は生じていない(申請人らがその意思表示をしたとする各当時の事情は、乙一一ないし一五号証のとおりであり、脱退の意思表示は明らかにされていない)。

したがつて、全郵政支部が依然として多数組合であることにかわりはなく、また各職員の宮崎文雄に対する協定締結の委任は、組合員においては組合に加入するという行為によつてなされているのであるから、組合の脱退の意思表示がないかぎり、委任関係が終了しないことは明らかである。

また、これらの撤回届は一〇月三一日の当局との折衝において、更にその後しばしば資料の提示を求めても示されなかつたものであり、これが一〇月三一日現在において作成されていたことは極めて疑わしい。

なお、右撤回届が一〇月三一日現在有効に存在していたとしても右届のうち神谷弘作成のもの(甲五号証の二)は、全逓の脱退届の撤回のみであつて全郵政組合の加入の撤回ないし脱退の意思を含まないことは同号証の文面上きわめて明白である以上、同人がなお全郵政の組合員にとどまつていることは明らかである。

(3)  また、申請人らのその余の加入者についても、全郵政支部に脱退ないし撤回届が出されていないものが相当数存することは、宮崎文雄の陳述書(乙七および一一号証)にのべたとおりである。申請人らの提出の加入届(甲四の一ないし二五)には、中央本部での受付処理を示す中央本部受入印、および丸形の印影の記載がないものが相当数ある(甲四号証の一、二、八、二〇、二一、二三)。 これらが一〇月三一日現在作成されていれば、他の加入届と一括して同一の取扱いをされるはずなのに、これらのくいちがいは、一〇月三一日に作成されたことを疑わしめるものである。特に、八木登(同二三)については、組合費納入の記載がなく、当時および現在においても全郵政支部に組合費を納入しているものであり、全郵政支部組合員であつたことは明らかである(乙一一号証)。

(七) 以上のとおり、本件協定は、適法になされたものであつて、申請人らの主張ごとき瑕疵は存しない。

<申請人準備書面(二)、同(三)および被申請人準備書面省略>

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